オリンピックまでに国旗に親しもう
国旗についてのお話
STORY

アトランティス 、ニューアトランティス…

欲に誘われ、遊びに浮かれて「国」をつくろうとした、もとい「趣味人」はほかにもいろいろいます。人工の島「国」、アトランティスにも触れておきましょう。フロリダ沖の暗礁に8ヘクタールの人工島を作って独立国にしようとしたのはウィリアムT.アンダーソン。1962年にマリーナやダイビング、釣り、カジノなどの総合レジャー施設を作ろうとし、5万ドルをかけて暗礁にプレハブの建造物を4棟建てたのですが、うち3つは翌年のハリケーンで倒壊してしまいました。

その上、アメリカ政府から「礁に回復不能な損傷を与え環境を破壊し た」と工事差し止めの訴訟を起こされ、さらに米海軍からも航行の邪魔だとクレームがつき、最終的には司法による工事差し止めの判決で工事は中断。やがて建築物はすべて海中に没して終りとなりました。

この計画を知るや、ルイス・レイなる人が珊瑚礁に600×150メートルの島を築いて大カプリ共和国を建国しようとしたのでしたが、同様にアメリカ政府に訴えられて着工前に頓挫したのでした。

その直後、今度はかのヘミングウェイの弟によるニューアトランティス建国運動が起こりました。『老人と海』で有名なアメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイ(1899~1961)の弟レスター・ヘミングウェイが仕掛け人です。偉大なる兄逝去の直後、『兄ヘミングウェイ』というベストセラーを書き、その印税でカリブ海はジャマイカの沖9.7キロメートルにわずか22平方メートルのブロックと竹のやぐらの台を築き、鉄道の客車を載せたものにすぎませんが、64年7月4日(米国の独立記念日)にニューアトランティスの名で独立宣言をしたのです。

レスターが主宰するNGO国際海兵隊員の本部とし、海洋についての調査研究やジャマイカでの水族館建設、漁業資源の保護を目指し、資金を集めようと、切手も発行しました。

「国民」は、レスターとその家族など6人から始まりましたが、その後、「国籍」保有者を増やし、65年には大統領選挙を実施し、レスターが初代大統領に当選しました。

レスターはアメリカのジョンソン大統領にニューアトランティスで発行した切手を送ったところ、返事が来たので「わが国がアメリカに承認された」と喜んだのです。もっともレスターを含み「国民」は誰もこの「国」に定住していたわけではなく、メキシコからの漁民に占拠されたりもし、最後はハリケーンで倒壊してしまったようです。


ニューアトランティスの国旗

「ローズ共和国」の「国旗」

ミネルバ共和国の旗